第356号  (2006年05月22日号)

増田俊男事務局 http://chokugen.com
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誤解と間違いが正論の世の中

昔のインフレは存在しない!

先々週以来、日米株式市場は暴落を続けたが、最大の理由は「インフレ懸念」であった。消費、雇用、企業利益の増大がインフレ懸念となり、株が暴落した。まるで「良いことは悪いことである」かのごとく。今日「インフレ」が誤解されている。従来のインフレ概念を今日に引きずっている。モノがなくてカネがない時代のインフレ概念を、今日の余剰資金と供給過剰時代に適用するから誤解が生じる。終戦直後のようにモノ不足、カネ不足の時代には物価と金利が上がる。終戦直後、1948年の日本の復興債がいい例で、現金預金と資産の裏付けなしに復興債を大量に発行したから、あっという間にハイパーインフレになった。

では、今はどうか。日本の銀行の貸出は5年以上にわたって毎年5%のピッチで減りっぱなし。生産過剰で物価は下がりデフレになったので、長くリストラブームが続いた。昨年末からようやく消費が伸びて物価が上昇に転じた。企業の設備投資も増えて、雇用も増加。資金需要が出てきたので銀行の貸出率もプラスに転じ、金利も若干上昇気味になってきた。やっと好況感が広まり始めたのである。

ところが、エコノミストはこれをインフレ到来と警戒する。やっと景気が良くなり、消費が伸び内需が拡大してきたから、企業は寝かしていた自己資金や銀行借入で設備投資を始めたのである。だから自然に雇用も所得も増える。やっとのデフレ脱却である。小泉内閣は公共投資を押さえ続けて来たから、今日の好況は作られたものではなく、まさに真水の需要増によるものである。従って、ここのところの物価と金利の上昇は、インフレ懸念どころか正常な日本経済のバロメーターである。

日米経済にインフレを懸念するエコノミストは、終戦直後と今日との経済の基本的変化を知っているのだろうか。ハイパーインフレがやってくるなどと騒ぐ辻説法師と同じレベルである。アメリカでも有名なエコノミストが同じようなことを言っている。もう一つの株安の原因になっている財政赤字について、曰く“A deficit of $800bn(約90兆円)is absolutely not sustainable, because the deficit is roughly 7% of $12 trillion(約1300兆円)GDP and this rate would add up to 100% of GDP in 15 years.”(90兆円の負債はとても維持できるものではない。なぜなら負債はGDPに対して7%に当たり15年間でGDP総額になってしまうからである)。日本の年間赤字国債は約30兆円だからGDP500兆円に対し6%でアメリカよりましとはいえ、16年で500兆円に達すると言っているのと同じこと。10年間でプライマリーバランスを均衡させる政策はこうした危惧から来ている。

ところがこうした危惧は、借金(赤字国債)の目的としての名目及び純国家資産増を無視した一方的議論である。赤字額だけを騒いで、国債の目的である経済成長や純国民資産への寄与と成果を議論しない。手段のコストばかり取り上げ、肝心の目的と成果を無視。だから私は、最近のインフレ懸念論はいたずらに国民の経済危機感を煽るだけだと言っている。

アメリカのデータがあるので示しておく。1955年からアメリカの総資産は毎年着実に5〜6%伸びている。資産増から負債増を引いた純資産価値(Net worth)は年間約$3 trillion(約330兆円)に達している。$800 billion (90兆円)の借金でネットで330兆円も儲かるならSustainable(維持可能)もいいところだ。日本の場合、国債は国内で消化しているが、アメリカの場合は世界から調達しているので、まさに他国からの借金で自国の資産を増やしていることになる。

道路工事であれ福祉であれ、予算が施行されれば民需が拡大され、1兆円の財政支出は数兆円の民需と資産増をもたらす。市場と国民社会のニーズに応える国家の借金は額に関わらず常に正しく、歳出歳入の均衡やプラスが望ましいとするバランスシート重視は、目的である国民と国家の利益無視で間違い。いかなる赤字国債も国家のNet Worth(純資産)を数倍も増大させ続けることを忘れてはならない。現世代での大きな借金は「差し引きで」多大な資産増を次世代に残す。個人も、企業も、国家も、必要な借金はどんどんするのが正しい。正しい経済下で株が下がるのはエコノミストの多くが一面的な観方しかしないから。投資家は両目をしっかり開けて事物の表裏を見てほしい。



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* 増田俊男の「経済実践セミナー」は、現在、東京会場はキャンセル待ちですが、大阪会場(5/31)にキャンセルが2名出ました。セミナーの詳細とお申込みは、増田俊男事務局(TEL:03-3955-2121)までご連絡下さい。

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発信者 : 増田俊男
(時事評論家、国際金融スペシャリスト)