第367号  (2006年07月10日 国会議員号)

増田俊男事務局 http://chokugen.com
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北朝鮮によるミサイル発射を冷静に分析する

下記のことを認識しておくことが重要である。

1. 今回の北朝鮮のミサイル発射は北朝鮮の軍事訓練であったこと。
2. 今回の北朝鮮の軍事訓練の前に、米軍と自衛隊の合同軍事演習が日本海とハワイで再三行われていたこと。
3. 日米合同軍事演習の仮想敵国は北朝鮮であったこと。
4. 自衛隊の新防衛大綱と日米防衛指針において、北朝鮮は仮想敵国として明示されていること。
5. 小泉内閣以前は日米韓3国の合同軍事演習が多かったが、現在は日米2カ国が多くなったこと。
6. 日米韓3国軍事演習から日米2国合同軍事演習になったのには、小泉首相の靖国参拝が大きく影響したと考えられること。
7. 日米合同軍事演習ではミサイル発射訓練も行われている(ハワイ)こと。
8. 北朝鮮が指摘するように、今回の北朝鮮のミサイル軍事訓練が最近の日米合同軍事演習(日本海・ハワイ)の後に行われたのは事実であること。
9. 北朝鮮が指摘するように、日米合同軍事演習では北朝鮮上陸作戦の訓練が行われた(軍事専門家情報)のも事実であること。
10. 今回の北朝鮮の軍事訓練は大々的に報道され国際問題化されているが、北朝鮮を仮想敵国とした日米合同軍事演習は全く国際的に報道されなかったのも事実であること。
※ アメリカは基本的には、今回の北朝鮮のミサイル発射を単なる軍事訓練として捉える立場を採るので、テポドン2号の発射失敗の点だけを強調している。

また、軍事訓練について、下記のことを認識しておくことが重要である。

1. 主権国家ならば、必要に応じて軍事訓練をするのは国家の安全保障上当然の権利であること。平壌宣言等に違反するとの議論に対して、北朝鮮は日米合同軍事演習を持ち出し、原因を作ったのは日米だと反論していること。
2. 軍事訓練には、純粋に軍事技術のためと政治的目的と、あるいはその両方を狙うことがあること。今回は両方を狙ったもので、技術面ではイラン、シリア、その他の北朝鮮ミサイルの購入国に向けた各種ミサイルのプレゼンテーション。
3. 政治面では、北朝鮮を世界中のフォーカスにすることで、中国からは更なる援助を引き出し、アメリカには米朝2カ国協議の圧力を掛け、実際には6カ国会議に条件付き(米の金融制裁緩和)で合意することを狙う。

さらに、今回の北朝鮮のミサイル軍事訓練の関係国の利害関係を分析することが重要である。

1. 中国の場合:北朝鮮とアメリカに貸しをつくると同時にポスト小泉配慮。

北朝鮮に6カ国協議復帰に合意させることで、安保理決議を拒否すると同時にアメリカに金融制裁緩和を求める。今後の日本の制裁によるマイナス等を考慮し、北朝鮮への援助を増強することで、一層中国の対北朝鮮植民地化政策を推進する。北朝鮮を6カ国協議に復帰させることでアメリカと取引する(アメリカの特使が中国に急行したのはそのため)。

日本では対北朝鮮、中国強硬論者が国民的人気を博するので、ポスト小泉は第二の小泉型になる可能性が高くなる。汚職、貧富の差等で政府批判が日増しに増える中国には引き続き対日感情の高揚が必要で、公式発言に拘らず真意はポスト小泉も引き続き靖国参拝することを望んでいる。今回の北朝鮮のミサイル発射がポスト小泉に与える影響は、中国にとって望ましいことである。8月15日に小泉首相が靖国参拝することほど中国にとって好都合なことはない。
2. ロシアの場合:日本に貸しをつくる。

ロシアは北朝鮮への核とミサイル技術の提供国なので、北朝鮮にミサイル関連の技術や物資提供を禁止する日本の北朝鮮制裁決議案に反対するのは当然。日本に貸しを作るため、安保理決議を棄権するかもしれない。
3. 韓国の場合:北朝鮮に貸しをつくる。

国内と国際的世論の圧力に屈せず太陽政策を堅持すること、従来の援助を続行することで北朝鮮に貸しをつくる。日本との対立を深めることで今後さらに北朝鮮との関係を深め、北朝鮮を仮想敵国にしている日米韓3カ国合同軍事演習を拒否するためには、ポスト小泉の靖国参拝は望ましい。
4. アメリカの場合:日本に貸しをつくる。

日本の安保理提出案を支持し、北朝鮮に強硬発言をすることで日米同盟堅持をアピールする。日本が北朝鮮のミサイル攻撃にまったく無防備である危機感を今回のミサイル発射で国民に浸透させ、米軍プレゼンスの重要性を国民に痛感させることで、3兆円に及ぶ米軍再編成費用の全額負担とスカッド・ミサイル防衛予算の前倒し、今後提出する5兆円のTMD(戦略ミサイル防衛基地)の満額受け入れの国民的コンセンサスを作る。
5. 日本の場合:(1)憲法9条改正に弾みをつける。
       (2)日米軍事同盟強化に利用する。
(1)について。今回の北朝鮮のミサイル発射に過剰反応することで、日本が北朝鮮や中国のミサイル攻撃に無防備であることを国民に十分認識させ、「国権の発動による軍事戦力行使」の必要性をアピールする。
(2)について。懸案の米海兵隊グアム移転費用問題、スカッド・ミサイル配備前倒し、ミサイル防衛網等々の計画を国民が北朝鮮のミサイル脅威の認識が消えないうちに一挙に進める。

アメリカの対中政治・経済戦略は、中国共産主義体制が適当な時期(2010年上海万博後)に自ら崩壊するのを期待すると同時に誘導すること。中国を自由化し、ドル市場にすることが目的。その時まで東アジアの秩序は維持されねばならない。従って、中国の一部同然の北朝鮮に対する武力行使は中国の崩壊を早めることになるので、アメリカにとって戦略的に妥当ではない。むしろ北朝鮮の脅威は日米共有の仮想敵国として維持する。

中国と韓国の北朝鮮援助は北朝鮮の対日脅威維持に繋がり、引き続く対日脅威は日本の普通の国化(再軍備)に役立つ。今後、日本の対北朝鮮制裁によってさらに北朝鮮の対日脅威はエスカレートし、日本の対米防衛費負担もエスカレートしスピードアップする。北朝鮮の対日恫喝はアメリカと中国の共通認識で両国の国益になるばかりか、日米軍事同盟とそのための法整備強化に繋がる。

ところで、北朝鮮のミサイル軍事訓練を米中ロ韓が事前に知っていたのは当然のことと考えられる(驚いて見せているだけ)。1998年8月と同様の「出来レース」! 1998年8月のテポドン1号発射前、ワシントンで米朝が頻繁に連絡を取り合っていたことが判明したので今回は「上手」になったようだ。

結果を見ると、今回の北朝鮮のミサイル発射は、当の北朝鮮はもとより、アメリカ、中国、ロシア(北のミサイル販売促進はロシアのミサイル技術輸出増)そして日本の国益に資する。こうした見事(?)な仕掛けをする政治家が日本に生まれることはない! 「優れた(?)政治は貧困から生まれる」!


                                      

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発信者 : 増田俊男
(時事評論家、国際金融スペシャリスト)