第393号  (2006年12月11日 国会議員号)

増田俊男事務局 http://chokugen.com
e-mailアドレス info@chokugen.com

「力の意志」から「資本の意志」への転換

私が主幹を務める月刊誌の名前はアメリカの政権勢力の変化とともに変わる。クリントン政権までは「資本の意志」であったが、ブッシュ政権が発足した2001年から「力の意志」に変わった。「金(資本)がモノを言う」時代(2000年まで)から「武器(力)がモノを言う」時代(2001年から2006年)への変化であった。私は2006年になると「アメリカを動かす勢力が変わる。そしてその変化は中間選挙でお墨付きを得る」と述べてきた。

アメリカの政権勢力が変わってもアメリカの目的(国益)が変わるわけではなく、国益追求の戦略が変わるだけであることを理解しておく必要がある。アメリカの国益とは、アメリカの存在を保証する「自由の拡大」である。今まで何度も述べてきた通り、アメリカにとって「自由の拡大とはアメリカのドル市場の拡大」であり、「ドル市場の拡大はドル需要の拡大」である。そして「ドル需要の拡大は(ドル価を下げることなく)ドル乱発を可能にすること」であり、「ドル乱発は(天文学的に増大し続ける)アメリカの借金を他国に払わせること」を意味する。

さて、ブッシュ政権はネオコン勢力に従って軍事力を手段として「アメリカの自由の拡大」を追及した。2000年11月イラク大統領サダム・フセインが「イラクの原油決済通貨をドルからユーロに変える」と宣言した。当時のイラクの原油生産高は日産約250万バーレル、価格は約30ドルであったからドル需要が毎日750億ドル増大していた。2000年末からイラクの原油決済通貨がドルからユーロになったためアメリカは750億ドル分のドルの乱発ができなくなった。しかしアメリカは2003年3月のイラク戦争でイラクを占領し、新イラク政権樹立で事実上イラク支配を完了したため現在は1バーレル約60ドルで日産約300万バーレルの原油が新ドル需要を創出している。

現在のイラク社会の混乱は原油価格を押し上げ、結果ドル需要絶対額を増大させているから、アメリカの国益にとってむしろプラスである。中間選挙の結果国民はブッシュにイラク戦略転換を求めたが、アメリカの国益の観点から実に正当な世論である。「(武力で)釣った魚に餌は不要」なのである。今後アメリカのあるべきイラク政策はイラクの原油生産・輸出の安全確保だけである。イラクで一日何人の犠牲者が出ようとも、原油の安全が確保されていればアメリカの国益上問題はないし、15万人になんなんとする米軍をイラクに配置しておくことはもはや「無駄」なのである。

ベーカー・ハミルトンのイラク研究報告

本報告書は中間選挙後ブッシュ大統領に提案されたが、それは選挙結果を睨んで国益上無用な「米軍の長居」を終結するため年初から準備されたものである。武力行使の成果でイラクの原油決済通貨はドルに戻ったし、ドミノ現象でイラクに従って原油決済通貨をユーロに切り替えた中東産油国もドルに戻った。一方で副産物としてシーア派対スンニ派、さらには北方の油田地帯を支配するクルード族を巻き込んでの内戦が残った。しかし米軍が引き上げた後のイラク支配体制がどうなろうと、今後イラク原油決済通貨がドルであることに変わりはない。その意味から米軍の長居は無用になったのに「勝つまでは撤退しない」などとブッシュが長居を主張したのは、ブッシュ政権の中心勢力のネオコンが対イラン軍事戦略を画していたからである。核開発を理由にイランに軍事攻撃をするためにはイラク駐留軍が必要であったのである。ところがアメリカの世論とヨーロッパ勢のイラン核問題への介入から対イラン軍事戦略は不可能になった。そこで副産物の解決は、ちょうど北朝鮮核問題(アメリカは対北朝鮮武力行使はしないと宣言している)と同じく(6カ国協議のように)「他人任せ」(イラン、シリア等と協議)にしようというのである。

イラク研究グループの提言では2008年3月までにイラク駐留米軍の大部分を撤退させるとしているが、それはブッシュ政権終焉の時期でありアメリカの国益追求手段としての軍事力(Give & Take)を終わらせ、2009年からは協議・会話・取引型(Give & Take)に変えようとしているからに他ならない。すでにラムズヘルド国防長官やボルトン国連大使等は退陣したし、やがてチェイニー副大統領も辞任に追い込まれるだろう。ネオコン退陣はネオコンが利益代表の軍産複合体とペンタゴン(国防総省)、イスラエル・ロビーの衰退であり、ライス国務長官(次期副大統領?)の国務省の復権でありウォールストリート界(金融)を代表する民主党の台頭である。現に新任の国防長官ゲーツ氏はブッシュのイラク戦争の欠陥を指摘し、さらにはイスラエルの核保有を公表し、まるでイランの核保有を正当化するような発言までしている。

日本は孤立する?

安倍首相は「北朝鮮強硬路線」を追い風にして登場した。日本はネオコンの強硬派ボルトン米国連大使の協力のおかげで北朝鮮のミサイル発射に対する国連非難決議で戦後初めて国連での主導権を握り、続く北の核実験に対する国連制裁決議でも重要な役割を演じることができた。北朝鮮との6カ国協議が12月16日に北京で開催されることになったが、今まで無条件開催を主張してきたアメリカは、すでに戦略を「圧力」から「取引」に変えてきている。アメリカは今まで北が主張し続けてきた南北停戦ライン解消を認めると事前に発表している。さらに経済援助、金融制裁解除も核廃絶交渉条件の一部として北に伝えている。ところが安倍政権内部からは、北朝鮮の6カ国協議日本ボイコット戦略に乗せられてか「結果がなければ不参加も辞さない」などの声が聞こえる。日本はアメリカの政権勢力の変化を知った上での北朝鮮の日本孤立化戦略に乗せられようとしている。





ご意見ご感想は:

E-mail:info@chokugen.com

発信者 : 増田俊男
(時事評論家、国際金融スペシャリスト)