日本の政治危機 安倍晋三氏の退陣の真相 安倍晋三は故田中角栄や小泉純一郎とはまったく異なる人物である。安倍は名門政治家の家系に生まれ、親戚、社会に守られ支持されながら政界入りをした。そして昨年9月、同じ二世、三世議員中心の「お友達グループ」と小泉人気を継承し、育ちのよい「若きプリンス」として首相の座を手にした。 田中角栄は学歴も財界のバックもなかったが「実力」で首相になった。小泉は少数派閥であったが、マスコミを巧みに使い国民的人気を創造し、地方自民党員や派閥を超えた若手議員のクーデター的支持を得ることで首相になった。田中も小泉も実力で永田町の論理を破り権力の座に着いたのであった。 安倍は二人とはまったく異なり、「他力本願」で首相になったのである。だから、参院選で大敗を喫したが、桜の花のように美しく散ることは許されなかった。しかし安倍は、自民党がコントロールできないご自分の気力と体力が限界に達した時、しかも最悪のタイミングを選んで退陣したのである。 私は、安倍が続投を発表したとき、自民党の議員に、離党を覚悟で(離党届を懐にして)安倍退陣を求めるように説得した。それは安倍のためであり、自民党のためであり、ご本人のためだった(離党していれば今ごろマスコミの脚光を浴びている)。今日陥ろうとしている政治の混迷を目前にすれば、「ああ、自分がやっておけばよかった」と思う議員も多いだろう。 自民党は、それぞれの「思惑」で、安倍続行を支持する者、続行に反対するも行動に出ない者に分かれた。安倍支持で入閣した者も、閣外に自ら身を置いた者も、短命安倍政権を念頭に置いた「自己利害計算」が行動の基本的なベースにあった。 安倍で日本の政治ができると考えた者は、安倍支持者にも不支持者にも唯の一人もいなかったはずである。だから、敏感な官僚たちは安倍官邸を無視し続けた。安倍政権は、政権内に一旦身を置き、安倍退陣を機に政権を手にしようと目論む者(麻生)と、政権外に身を置いて安倍の退陣のドサクサにクリーンなイメージで政権獲得に動こうとする者(福田)との思惑の均衡で成り立っていた。 安倍が組閣後の国会で施政方針演説を行った直後に退陣を決意したのは、「麻生を蹴落とす」という安倍の意志であった。首相になってから初めての「自分の意志表明」というべきだろう。 麻生は安倍を「ボーヤ扱い」(無視)し、与謝野官房長官とともに、安倍に無断で遠藤農水相を辞任させた。純粋な安倍は麻生に憎悪感さえ覚えただろう。だから安倍はわざわざ事前に麻生に辞意を伝えておいて、まさかの最悪のタイミングで辞任することで起こる国会空白等の由々しき責任問題に麻生幹事長を巻き込み、麻生派以外の派閥に麻生不支持のれっきとした理由を与えたのである。 政治責任が果たせないでいる日本 一国の政治責任は「安全と経済」である。個人レベルでは「命と金」。この二大目標を頂点にすべての政策が展開される。参院勢力が民主党に移ったことから、テロ特措法延長または代替新法の期限内(11月1日)成立は不可能になった。これは我が国の安全を委ねているアメリカとの同盟国関係を悪化させる。また、10月から始まる日米経済大変動に多大な悪影響を与える。つまり、景気の牽引車と経済構造が逆転しようとしているとき、日銀と財務省は動けないのである。 アメリカは内需依存型から外需依存型、また日本は外需依存型から内需依存型へ移行しようとしている。これがスムーズに進まないと日米経済はリセッションに陥りかねない。このトレンドに合わせて、日銀と財務省は急いで政策転換で応じなくてはならない。ところが、突然の政治空白で、任期を迎える福井日銀総裁の後任が決まらない。 また、トレンドに合わせた企業減税や財政出動政策にも手がつかない。このように今、日本は安全と経済という政治の基幹問題に取り組めないという大政治危機にある。我々は自民党の総裁選候補者に安全と経済危機の認識があるのかどうかを見極めなくてはならない。
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