トンボ帰りの講演会 5月14日、自民党元経済相、現国会対策委員長の二階俊博氏が主催する「新しい波」が、埼玉選出金子善次郎衆議院議員を励ますための「日本を元気にする会」を開催した。最近、私はこうした国会議員の皆様の会合や勉強会の講師としてよく呼ばれようになった。会場は超満員。講演後の懇親会では大勢の本稿読者に囲まれるなど、大変な盛況であった。 11日帰国、14日講演、今はもうトロントへ来ている。講演の題名は「アメリカの変化の裏にある真実」。ところが、司会者から「増田先生はアメリカ通だから、アメリカから見た日本の政界について話していただきたい」と言われた。当該テーマを40分で話せるかと心配だったが、結局話すことにした。 最近のアメリカの政策担当者の悩みは「日本と会話ができない」ことだ。会話とは「本音の話」のこと。それは日本の政党政治が「異常」だから。本稿でも書いたが、今の「与党も野党も保革連合と野合」。アメリカの保守と革新ブレーンは保革連立(自民は革新、公明は保守)の与党とも、また、保革野合(旧自民、元社会党、若手革新の野合)の民主党とも話せない。アメリカから見れば、日本では与党も野党も政党の体を成していないのである。実際、日米の政治家個人の間で理解を深めたことも多々あるそうだが、「お国に帰るとすっかりお忘れのようだ」となる。 忘れたのではなく、一個人の見解は党内で機能せず、実際に政治力にならないのである。だからアメリカ側は本音は言わなくなってしまった。我田引水になるが、だから「アメリカの変化の裏にある……」などという話題が受けるのだと思う。そこで私は、北朝鮮問題の真相を時系列で話すことにした。 まずは2005年9月19日の6カ国協議の合意(5カ国は北朝鮮の主権を尊重し、北朝鮮は核廃絶を段階的に進める)が異常であった点に触れた。今回(2月13日)の6カ国協議の合意(初期措置と次期措置=基本的には2005年9月と同じ段階的核廃絶措置)を北朝鮮が履行すれば100万トンの重油が与えられることになっているのに、2005年9月の合意では何も与えられていない。あれほど6カ国協議を拒否していた北朝鮮が、なぜいとも簡単に中国の要請に従ったのか。 それは9月19日合意の数日後、アメリカが北朝鮮に金融制裁(BDA=バンコ・デルタ・アジアの北朝鮮口座凍結)を課して、せっかくの合意をご破算にさせたことに答えがある。実はアメリカ財務省は数年前から北朝鮮の偽ドルと偽タバコ(フィリップスモリス)調査を行っており、中国系犯罪組織を摘発、中国人民銀行(国営中央銀行)と先のバンコ・デルタ・アジアが関与した証拠を掴んでいた。 北朝鮮は犯人逮捕の段階から両行から資金の持ち出しを繰り返していたが、ちょうど残金がわずか2500万ドルになったところでアメリカが制裁を掛けたのである。アメリカがなぜ中国人民銀行に制裁措置をしなかったかというと、上海株が下がっただけで世界同時株安になる今日、日本で言えば日銀にあたる中国人民銀行に制裁を掛けたらどうなるか。 そんなことをするより、中国に中国人民銀行のマネーロンダリングの証拠を密かに見せて、アメリカに従わせたほうが得策なのである。これが、異常だった2005年の6カ国協議合意の真相である。 引き出し損ねたわずかな残金だが、北朝鮮は烈火のごとく怒って見せ、9月合意は反故。翌年(2006年)からアメリカは北朝鮮がミサイル発射の準備をしているとしきりに報道。まるで北朝鮮にミサイル発射を促しているようにさえ感じられた。 その後のことはご存知の通り。7月ミサイル発射、10月核実験。米タカ派ボルトン国連大使と安倍官房長官が中心になって国連安保理で北朝鮮に経済制裁を掛けた。中国が棄権もせず、素直に日米に従ったのは中国人民銀行不正行為の脅しが効いていたからである。 金融制裁効果のミサイル発射・核実験は、遅々として進展しない日米懸案(普天間基地代替基地、イージス艦配備、沖縄海兵隊移転と移転先グアムでの基地建設費負担、米軍再編成経済支援,等々)を一気に解決した。アメリカは、北朝鮮が2月13日合意の初期措置(寧辺核施設停止・封印)履行に動く前になぜ一方的に金融制裁を解除したのか。対北朝鮮敗北政策だ、などと言われるが、見当違い。金融制裁の役目は終わったので中国と北朝鮮に対する「脅し」を解除しただけのことである。 本来ならば、安倍首相の訪米前に北朝鮮は初期段階措置の履行に向けて行動すべきだったが、それでは対北朝鮮強硬派の安倍に屈服したことになる。だからアメリカの財務省がバンコ・デルタ・アジアを取引停止処分にして北朝鮮資金の移動を事実上とめて北朝鮮に協力したのである。すでにアメリカの金融機関を通じてバンコ・デルタ・アジアの残金は北朝鮮に戻す準備は終わっている。今後の北朝鮮は老朽化した寧辺の核施設を機能停止、封印し、5万トンの重油を手にする。 その後は次期段階措置(他の核施設の機能停止)となるが、これは履行しない。既に2月13日合意の段階で、日本の主張「拉致問題に進展がなければ経済協力はしない」は、北朝鮮を除く4カ国(アメリカ、中国、ロシア、韓国)に認められている。したがって、北朝鮮が初期段階措置を履行しても日本は経済協力ができない。 北朝鮮は、「日本はすでに解決済みの拉致問題を持ち出し、不当にも6カ国協議合意に従わない。したがって我が国(北朝鮮)も次期段階措置の履行はしない」と言ってくる。安倍首相が「拉致問題の進展がなくても経済協力する」ならば、安倍内閣はもたない。主張を貫けば、北朝鮮の次期段階措置不履行の責任を背負わされる。こうして安倍内閣は国際的に孤立し、身動きが取れなくなる。 7月の参院選前に安倍首相が6カ国協議で槍玉に挙げられたら参院選は勝てないが、アメリカにお願いし何とか選挙前は事なきにしてもらって改憲選挙で戦えば、憲法で党内意見が二分する民主党に勝てる。またもや日本の政権にアメリカの影響力が強まってきた。
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