第414 国会議員号  (2007年6月18日号)

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麻生外務大臣の憂鬱

麻生外務大臣は、今回のアメリカの金融制裁の実質的解除で、北朝鮮がIAEA(国際原子力機関)を招請したことを、「なかなか楽観視できるものではない」とアメリカのヒル国務次官補の歓迎振りとは対照的な印象であった。無理もないところである。2005年9月19日の6カ国協議で、「5カ国は北朝鮮の主権を尊重し、北朝鮮は核廃絶に向けて行動する」との合意が成立したその直後(4日後)、アメリカはマカオのバンコ・デルタ・アジア(BDA)に対して、北朝鮮資金2500万ドル(約30億円)の不正資金の浄化を理由に金融制裁を掛けた。

アメリカ財務省は2年も前から偽ドルの捜査をしており、既に中国系犯罪グループを90名も逮捕していた。本事件にはBDAだけではなくBank of Chinaも関与していた。北朝鮮はやがて米国財務省からの口座凍結を予見してBank of ChinaからもBDAからも資金を引き上げていたが、2005年9月15日現在でBDAに若干(約30億円)残してあった。 

アメリカは9月19日の6カ国協議前の15日、北朝鮮と中国に不正資金の浄化の証拠を見せ、Bank of China を米銀と取引停止にすれば中国経済ばかりか世界経済に甚大な影響を与えかねない懸念から、小規模のプライベートバンクであるBDAだけに制裁を掛けることを知らせた。アメリカは両国の弱味を握ったため、9月19日と翌々年(2007年)の2月13日の6カ国協議を主導できたのである。

2005年9月19日の合意4日後の金融制裁について、北朝鮮とアメリカは金融制裁により金正日の軍部に対する主導権が危うくなったとか、現体制維持が困難になるなどと事実に反する情報を流したことから、日本はもとより世界のマスコミは、アメリカの金融制裁は金正日体制維持を揺るがす問題だという認識に誘導された。

これで6カ国協議とは無関係の米朝2国問題である金融制裁を、6カ国協議合意の主要条件である「北朝鮮の主権尊重」に結びつけることに成功した。北朝鮮が「金融制裁を解かなければ核廃絶のための6カ国協議のテーブルにつかない」と言って金融制裁解除を6カ国協議に条件付けた所以である。


金融制裁の目的

アメリカの対北朝鮮金融制裁の目的は、制裁を掛けた時から解除するまでにアメリカ、北朝鮮、日本に何が起きたかを見れば理解できる。北朝鮮は金融制裁に対して「激怒」(する必要はなかったのに)して見せた。アメリカは翌年の2006年になると、繰り返し北朝鮮のミサイル発射、後には核実験準備の映像を世界に流した。これは私の見解通り(『NYタイムス』も後に同見解発表)、アメリカが北朝鮮をミサイル実験と核実験に誘導(要求)したことを意味した。

アメリカの予定(希望)通り、北朝鮮は7月にミサイル発射、10月に核実験を行い、その結果、日本(当時の安倍官房長官)はミサイル発射に本気で「激怒」し、北朝鮮に対し日本独自の経済制裁を乱発。また、国連では、大島国連大使と安倍幹事長がボルトン米国連大使の支援を得て日本主導で対北朝鮮非難決議。さらに10月に核実験が行われると、中国とロシアも賛成に追い込み国連憲章42条による経済制裁を掛けた。ここで「日本(安倍)対北朝鮮の不動の対立軸」が確立されたのである。

北朝鮮のミサイル発射と核実験の結果、日米間の懸案事項、特に普天間基地代替地問題は大きく進展、ミサイル防衛、イージス艦配備、沖縄海兵隊グアム移転費負担問題、在日米軍再編成経済支援等々があっという間に解決した。2007年になって米朝直接会談がベルリンで開かれ、アメリカは金融制裁の対日成果を確認したので北朝鮮に金融制裁を解除することを約束し、2月13日に(アメリカ主導で)6カ国協議が開催され、100万トンの重油(初期段階5万トン、次期段階95万トン)と引き換えに北朝鮮の段階的核廃絶の合意が成立した。

合意後2カ月以内に初期段階(寧辺核施設機能停止・封印)に入るのが遅れたのは、BDAの資金が北朝鮮の「望む形」で解除されなかったからである。6月14日移管手続きが開始され、BDAに残った北朝鮮の「不正資金」がアメリカのFRB(連邦準備理事会)系の金融機関、ロシア中央銀行経由で北朝鮮に渡れば完全に浄化されることになった。アメリカの中央銀行的な金融機関(実態はシティグループとJPモルガンチェースが株式の過半数を保有する株式会社)とロシアの中央銀行にマネーロンダリングの罪を犯させることで、北朝鮮の不正資金を完全に正当資金として浄化することこそが北朝鮮の望む形であった。

今回のアメリカの決定を、北朝鮮のペースに陥ったとか、アメリカは譲歩し過ぎなどの意見があるが「当たらない」。アメリカの対北朝鮮金融制裁の目的は、米国の対日要求を達成することと、北朝鮮を核保有国として国際(特に日本に)認識させることであった。この二つの目的が達成されたのだから、見返りに北朝鮮の望む形で不正資金を浄化しただけのことである。

北朝鮮の新たに生まれた核とミサイルの脅威なしに、今後の日米軍事同盟強化はあり得ないことから、北朝鮮の核廃絶(老朽化した寧辺各施設は例外)は日米の国益に反するのである。


寧辺後、北朝鮮は豹変する

対北朝鮮金融制裁解除はあくまで米朝2カ国問題であり、2月13日の6カ国協議の合意履行の前提にはなっても条件にはなり得なかった。同じく拉致問題は日朝2カ国問題であって、核廃絶を目的とする6カ国協議とは無関係であり、いかなる条件にもなり得ない。2月13日の6カ国協議の合意に対して、日本は「拉致問題の進展がなければ日本は6カ国協議の合意に従って経済協力をすることはできない」と主張し、北朝鮮を除く4カ国の合意(理解)を得た。日本の主張は、6カ国協議に関わりない問題(拉致)を持ち出して核廃絶のみを目標とした6カ国協議の合意に条件(拉致問題進展)を付けたのだから、本来は「不当」な主張である。北朝鮮に言わせれば「言いがかり」となる。

アメリカを始め北朝鮮を除く4カ国が、不当を承知で日本の主張を認めたことは、逆に言えば日本の不当な主張を4カ国が「浄化」したことになる。BDAがマネーロンダリングを理由に格好のタイミングで摘発されたように、やがてアメリカ、中国、ロシア、韓国が反論できない形(了解の上)で北朝鮮が日本の不当を摘発する時が来る。

そして日本の不当性が理由で、次期段階措置の履行はなくなる(麻生大臣の憂鬱はここにある)。その後は、既に確立された「日本(安倍)対北朝鮮の対立軸」に基づき、北朝鮮は対日軍事威嚇を強めるだろう。結果は、安倍政権誕生時のように、安倍人気を高めることになるばかりか、当然日米軍事同盟強化にもプラスに働く。


政界再編製を可能にしてくれる日朝対立軸

参院選後、日朝間が擬似臨戦態勢になれば、憲法と集団的自衛権で民主党が二分され、また与党も自民党と公明党が分裂。民主から改憲派が自民党へ、代わりに公明党が野党に下り、政界は憲法と集団的自衛権行使で二分化されるだろう。政界再編成で日本の政界は「分かりやすい二大政党時代」を迎える。これこそ日本の国民とアメリカが望むところである。北朝鮮問題の行方と日本の政界再編成は微妙に連動しているのである。


投資家の皆様へ

私はよほどのことがないと本稿で相場については述べないことにしているが、気になることがあるので述べることにした。本年2月の米国債と社債のスプレッドは0.94だったのが、今や1.05を超えることもある。これは信用不安が根底にあるから。

米経済への過信による株高、ドル高、円安は1998年6月(円安は一時146円まで進んだ)と同じである。ノーベル経済学賞をもらった2人を有する常勝を誇ったロング・ターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)が急激な金融不安で破綻したのはこの年である。私が円安の最中に「10月初旬に110円になる」と予測してピタリと当てた年でもある。現在はあまりにも当時と似ている。利益確定をお勧めしたい。先の話だが、超円高後の株価は順調に上昇するだろう。



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発信者 : 増田俊男
(時事評論家、国際金融スペシャリスト)